橋本ケンヂは飛ぶ エピソード7

孤高になる

永倉さんは名前をケンジという。紛らわしいので最初の方は僕は永倉さんと苗字で呼んでいた。(後にケンさんと呼ぶが)周りの人達は僕に対してはケンヂ、永倉さんにはケンさんという呼び名で呼んでいた。永倉さんは沖縄の生まれで、家業でパン屋をしているらしく、帰国後はそのパン屋を手伝うことになっているという。この国にワーホリで来た理由はラグビーのスキルアップのためだ。永倉さんは幼少期からラグビーが上手く、大学生の頃から県代表にも選ばれている実力者らしい。見た目はいかにも沖縄の男という感じで日焼けして浅黒く、眉毛は黒くて凛々しく、しっかりとおでこに張り付いていた。その下にはクリッとしたおおきな目が有る。首が異常に太い。

『ケンヂ、普通の奴らとは付き合うな。なに、普通の奴が悪いって言っている訳じゃない。お前は普通の奴らと付き合うのは向いてなさそうだと言っているんだ。孤独になれ。孤高になれ。若いお前が周りの30前後のギリホリに流されて時間を無駄にするのはかわいそうだ。』

ケンさんは周りに日本人がいない時は決まってそんな事を言ってくれた。

『ケンさんは社交的じゃないですか、いつも周りに人がいる。とても楽しそうに見えますよ。って言うか、ケンさんだってギリホリじゃないですか(笑)。付き合うのやめようかな・・』

僕は笑いながら思ったことを言った。

『俺は俺だ。俺には俺の向いたやり方がある。で、お前は俺とは違う。当たり前だ。俺とは違うお前に合ったやり方、生き方の話をしているんだ』

ケンさんはいつも難しい事を言う。ケンさんは器用にカリフォルニアロールを4本まとめて切り、器に盛り付けながら続けた。

『実はな、俺は社交的じゃないんだ。むしろ根暗かもしれない。はっきり言って社交の場が嫌いなんだ。あんなのは時間の無駄だ。酒の飲み会に2時間取られるなら、ジムに行った方がいいし、本を読んだ方がよっぽど自分のためになる』

今度はコンビネーションロールを4本纏めて切った。僕にはまだできない作業だ。

『へぇ、そんな風には見えないですね、とても楽しんでそうに見えるし、ケンさんの周りにはいつも人が集まってきていて、みんながとても楽しそうに見えますよ?』

ケンさんの寿司を切る作業が早すぎて僕は焦りながらなるべく早く寿司を巻いていく。

『大嫌いなんだよ、あんなのはな。でも俺にはその能力があるんだ。それも人よりも多く。俺は俺が嫌いなことが得意なんだ。』

『なんか難しいな。哲学的ですね』

『まぁ、お前には出来ないことだ。そしてできる必要もない。どうだ?俺は今日はラグビーの練習はオフだ。一緒にジムに行くか?』

僕はジムに入会していた。ケンさんの影響だ。ラガーマンは練習がない日は自然と自主トレになるそうで、ジムに行くか、ランニングするか、他のスポーツをするかだそうだ。そんな練習のない日にジムに誘われたのだ。僕は日本では良くジムに通っていて好きだったので、快く付いていった。そして虜になった。ビジターで訪れたその日の帰り際に会員の申込書を貰って帰ったのだ。ビザの残りは9ヶ月程度しかなかったので、年会契約ではなく6ヶ月のそれにしたのだ。そしてほぼ毎日のように仕事帰りにジムに通うようになった。

『お前はデカいんだから、筋肉をつけたら見た目良くなるよ』

そう言ってケンさんは二十キロのプレートをセットした。合計120キロだ。僕には絶対にできない。ローカルのチームとはいえ、日本人でこの国のラグビーチームでレギュラー争いに加われるほどの実力がある永倉さんの体はアスリートそのものだった。腕はまるで丸太だ。

『食べても食べても太らないんですよ。胃腸が悪いのもあると思います。』

そう言って僕は細い腕を見られまいと恥ずかしそうに腕を背中の後ろに隠した。いや、言い訳に聞こえるかもしれないが、僕の腕は常人に比べると太い、腕だけじゃなく、体全体の筋肉量だって日本にいた頃は少ないとも、恥ずかしいとも思いはしなかった。この国の人間が凄すぎるのだ。

『さて、こんなもんか』

ケンさんは自分の番が終わると、僕用にプレートをセットし直してくれた。

『前回よりも五キロも多いすよ! いくらなんでもこれはキツい!』

『補助に入るから、早くやれ!ガキ!! Go for it! 』

家に帰って食事の準備をしながら”孤独になる”、”孤高になる”を考えてみた。そんなもんは簡単だ。完璧にできる(笑)。小さい頃から独りが多かったからだ。ケンさんも人を見抜く目がないな・・・そう独りごちながら筋肉メシと名付けた茹でたチキンを大量に乗せたどんぶりをかっこんだ。

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